福岡高等裁判所 昭和28年(う)2958号 判決
判示第一の(三)被告人両名において選挙運動者八木千太郎外四名に供与した計金三万九千円供与の趣旨は、判示のように選挙運動の報酬とする趣旨のものであつて、所論のように選挙運動に従事する者に対する交通費、弁当料等の実費の弁償とする趣旨のものでなかつた事実は、原判決挙示の各関係証拠によつてこれを認定するのに十分であり、証拠の取捨、証明力に関する原審裁判官の措置、判断に経験法則の違背等、特に不合理とすべき事由はない。
なるほど、被告人両名の検察官の面前における供述その他の証拠のうちに、被告人両名において判示八木ら五名の選挙運動者に金員を手交するにあたり、被告人両名は一応その金員の趣旨について、いわゆる投票買収等非合法の使途にあてさせる趣旨のものと選挙運動者に対する被告人らのいわゆる「手当」とする趣旨のものとを分ち、本件三万九千円は、後者すなわち被告人らのいわゆる「手当」とする趣旨をもつて手交された事実を推認すべき証拠の存することは、論旨指摘のとおりである。しかし、被告人らのいわゆる「手当」の趣旨が、所論のように、公職選挙法第一九七条の二にいう実費の趣旨であることを確認すべき資料は存しない。元来、公職選挙法第一九七条の二にいう実費の弁償とは、選挙運動のため交通費、宿泊費、弁当料等現実に要する費用のうち、自治庁長官の定める基準に従い、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会が定める額の範囲内において是認される実費の弁償であつて、たとえ、選挙管理委員会所定の額の範囲内であつても、いやしくもそれらの費用が客観的に現実的に出捐された事実の存しない以上、これを選挙運動者に支弁することの許されないことは、もとよりいうまでもないところである。原判決挙示の証拠によれば、本件三万九千円の金員は、八木千太郎ら選挙運動者五名に対し、一名一日三〇〇円の割をもつて、候補者永井英修に関し選挙運動の許される全期間二六日分、一律に一名当り七、八〇〇円と算出手交されている事実、選挙に関する支出として選挙管理委員会に報告されていない事実、右選挙運動者らにおいて必ずしもこれを選挙運動の実費にあてず、生活費等にあてているものも存する事実、被告人らはこれを選挙運動者に対する手当として手交している事実、被告人らと右選挙運動者らとの間に、交通費、弁当料等に関する箇別的な計算が行われていない事実その他を認めるのに十分であり、原判決挙示の関係証拠を綜合して、右金三万九千円供与の趣旨が、原判示のように、選挙運動に対する報酬とする趣旨であつたことを認定するのに何ら不合理の存しないことは前述のとほりである。原判決に所論のような事実誤認の違法があるものとは認められない。論旨は理由がない。
同第一点の二について
公職選挙法第二二一条第一項第一号にいう金銭等の供与とは、金銭等の利益を相手方たる選挙人又は選挙運動者に帰属させる目的をもつて授受されるものをいい、同条項第五号にいう金銭若しくは物品の交付とは、相手方たる選挙運動者をして同条項第一号から第三号までに掲げる行為をさせる目的をもつて、相手方たる選挙運動者に金品の所持を移転するものを指すことまことに所論のとおりである。原判決は、事実摘示第一の(一)の(イ)及び第一の(二)において、被告人らは選挙運動報酬又は投票買収費として別表第一又は第三記載のとおり選挙運動者らに金員を供与した旨を摘示し論旨指摘の各選挙運動者に対する各供与金員の趣旨として、判決添付の別表第一、第三の金員の趣旨の欄にそれぞれ投票の買収費と掲記しているのであつて、別表第一、第三に買収費として掲げられた右各金員は、その利益を相手方に帰属させる目的をもつて手交された趣旨であるか、はたまた、他の選挙人又は選挙運動者に供与させる目的をもつて単にその所持を移転した趣旨であるか、判文上必ずしも明確ではないが原判決挙示の関係証拠に徴すれば右各金員はこれを受取つた判示各選挙運動者らにおいて、必ずしも全部これを他の選挙人又は選挙運動者に供与しておらず、自己の用途等に使用している分もあり、被告人らにおいても、右金員を手交するに際し、各選挙運動者らが、候補者永井英修に当選を得させるために他の選挙人又は選挙運動者に対し事実上働きかけてくれさえするのであれば、それでよいのであつて、その金員の処置は、相手方たる選挙運動者らに一任する趣旨をもつて手交したものであること、すなわち単なる金員の所持の移転でなく、その利益を相手方に帰属させることを容認する趣旨をもつて手交したものであることを認定するのに十分であり、これらの証拠と対照すれば、原判決の趣旨とするところも、右の証拠によつて認定されるように、論旨指摘の各金員についてすべて供与の事実を認定したものであると解される。従つて、原判決に所論のような事実誤認の違法があるものとは認められない。仮りに、論旨指摘の各金員は所論のように交付にあたるものであつて、供与にあたるものでないとしても、その交付の罪も供与の罪も、共に、同じく公職選挙法第二二一条第一項により三年以下の懲役若しくは禁こ又は五万円以下の罰金の刑をもつて処断されるのであり、その事実の誤認が判決に影響を及ぼすことのないことは明らかである。論旨は理由がない。